2011年6月18日土曜日

信頼関係

誠実に対応してくれているか?これにかかっていると思います。

なぜ急にこんな話しかというと、信頼関係のない元上司からfacebookで友達申請が来ていたからです。

正直、「よくもぬけぬけとそんなことできるな」という思いです。私だったら恥ずかしくて、というか申し訳ない気持ちにかられてそんなことできないですけどね。それとも、その方は信頼関係があると思っているのでしょうか。だとすれば、かなり人の心がわからない人だと思います。

一緒に働いていた頃に私が彼に対して思っていたのは、「真心が無い人だな」「打算的な人だな」「ポリシーってないのかな」という否定的なことばかり。。。

とはいっても上司ですから、彼の良い部分を見つけてそれを口にすることによって、マイナス面を覆い隠して自分自身に暗示をかけようとしていました。これはサラリーマンとして生きるための術かもしれませんね。苦笑

でも、結局、今思うに当時私が口にしていた彼の長所は、私にとってはどうでもいいことであって、その長所を今でも素晴らしいなと私が思っているかというと、全く思っていませんし、内心バカにしています。さらに言えば、彼に対しての最近の思いは「嫌い」から「無関心」になりつつあるところです。

反面教師なのですが、私は少なくとも自分の組織の中で働いていた人たちにそう思われたくないなと思います。だから、一緒に働いているそのときに誠実に対応すべきなんです。

そもそも勘違いしている人が多いのですが、いわゆる上司・部下(この言い方も嫌いなんですが便宜上使わせてもらいます)なんて役割なのですから。敢えて言えば、丁稚奉公とかなどだったら上下関係はわかりますが。

だからどちらが偉いとかそういうのはないんです。ま、上司が部下の人事評価をしたりするわけで、そういうところから勘違いが起こりやすくなってしまうのだと思うのですが。

ちょっと話しが逸れそうになってしまいましたが、私が言いたいのは突き詰めていけば結局「人対人」でしかないということです。だから、常に相手を敬いながら対応しなければいけないんです。

ともすると、叱ったりすることは相手を敬っていないと思われがちですが、それは浅はかな考えだと思うのです。要は相手のことを思って叱っているかどうかです。逆に甘やかすことが相手を敬うことにはなりません。それは相手をダメにしてしまうかもしれないので。

信頼関係を築くって地味ですね。誠実に対応するってことしかないわけですから。でも大事です。

2011年6月17日金曜日

いまをだいじに

母校の校訓です。いい言葉だなぁと、未だに、たまにですが思い出します。

忘れてしまうんですよね。「あのときこうすればよかった」とか、「将来はこうしてたいなぁ」とか。一番大事にすべきなのは「今」なのに、それをよく忘れてしまうんですよ。人間の弱さなんだと思うのですが。苦笑

自分で何かをできるのは過去でも未来でもなく、「今」しかないわけです。でも、それを忘れて、というか忘れたふりをして過去や未来に行ったりするんです。

逆に言うと、「今」だったら自分でどうとでもできるわけで言い訳ができないから怖いんですよね。過去や未来はいくらでも言い訳できるし、責任もないです。

「今」であれば自分が頑張ればいい。でも、頑張るって、結構大変。エネルギーがいるし、できれば「今」楽したいなって思ってしまいます。「今」頑張っても、その成果がでたとしても将来です。その将来を待ちきれなくなる。だから「今」頑張るモチベーションが上がらない。そういう感じでしょうか。

でも、信じなきゃいけませんね。今頑張ったら絶対に将来その成果を得ることができるって。根拠は全然ないんでしょうが、だからといって自分が唯一変えることができる「今」を無駄にしてしまったらもったいないですから。

いまをだいじに

やっぱ、いい言葉だ。

2011年6月16日木曜日

餅は餅屋

何事も専門家に聞くのが一番。てな感じですかね。

仕事をしているとすごく感じます。一番効率がいいんですよね。もちろん、他に重視するものがあれば別なんですが、普通に仕事しているときは許される限り専門家に聞いたほうがいいです。

会社組織の中で働くということは、これがやりやすいです。それぞれの専門が部署で別れているわけですし。だから利用しない手はないです、普通は。

ただ、これを利用するには前提条件があります。それはある事象が起こったときに、どこの分野の話しなのかが理解できる能力が必要だということです。簡単そうに見えて、実はこれが一番難しいかもしれません。実際、これが出来ていない人はたくさんいます。

出来ていない理由は大きく分けて2つではないかと思います。まず1つ目は、全くわかっていない。そして2つ目は、わかっているがプライドが邪魔をする。

やっかないなのは後者です。わかりやすい例をあげると、上司だから部下のやっていることをわかっていると勘違いしてしまうことです。これは無茶苦茶プライドが邪魔をします。それに、遠因としてはこのことを理解していないそのまた上の上司がいることです。

ちょっと会社組織の話しになってしまいましたが、ちょっと前に長崎大学の教授が放射性物質関係で叩かれはじめました。

実はこれも「餅は餅屋」の本質を捉え違ってしまったからではないかと思うのです。それは教授がなのか周りの人がなのかは今一わかりませんが。。。

つまり、その教授が言っていた「100ミリシーベルト以下のリスクはわからない」という発言は専門家の言葉として適切だと思うのですが、それ以上のことを発言していたりしたのであればそれはちょっと行き過ぎてしまったのかと思います。

いずれにせよ、この役割分担というか、そういうのってすごく難しいです。でも、結構大事なことなんではないかなと思っています。

2011年6月14日火曜日

ゆくえ

イタリアで原発再開可否の国民投票があり、反対94%超となったようです。

もちろん、日本とイタリアの事情は異なるとは思いますが、私も今聞かれると反対すると思います。そもそも判断するための資料が無いので感情の問題と捉えられてしまいそうですが。。。

私は日本は全体的にもう少し質素になってもよいのではないかと思っています。今の日本はあまりにも贅沢すぎるのではないかと。

今の生活に慣れてしまった我々にはこの便利さがなくなってしまうのは大変だと思いますが、いつかはやらないといけないとすれば今からやった方がよいのではないかと思うのです。

もちろん、私もこの便利さに対する甘えはあります。でも、これから先を生きていく若い世代のためにも今までにたまったつけ以上の問題を先延ばしすべきではないと思うのです。

とはいっても、大変難しい問題です。いろいろなことが複雑に絡んでしまいますので簡単には結果は出ないでしょう。既得権益をそう簡単に手放したくないのが人間ですし。

このあたりを解決していかなければいけないのが、我々の世代なのかもしれませんね。まぁ、何かしら考えていきましょう。

全く関係ないですが、ベルルスコーニさんはすごいですね。ほとんど独裁者になってもいいようないろんなものを持っているにも関わらず、こういう重要なことはすぐにスピード感をもって国民に問うわけですから。ただの絶倫おやじではないです。そのあたりがイタリア国民に評価されているんでしょうね。

2011年6月13日月曜日

まだ何にも。。。

父親が今の私のときに、私は中学校3年生でした。

リンガーカッツされた(真夜中に寮を抜け出してリンガーハットに行ったのがバレて5厘刈り&校長訓戒を受けた出来事)ちょっと後ぐらいかな?

そう考えると、申し訳なくて。。。

父親が私ぐらいのときは完全に独立して少なくとも子供を残していたわけですが、私はまだ完全に独立したとは言えない状況で、かつ何も残していないのです。残したといえば、バツぐらいかな。苦笑

ま、感慨深くいろいろと考えてしまうわけですが、どんなにあがいても過去は変えられないので。前を向くしかないです。

うん。前を向こう。今やっていることが将来につながることを信じて。

2011年6月12日日曜日

まけてしまう・・・

妹夫妻より姪っ子のDVD(2歳の軌跡)が送ってきました。

この1年間に撮った写真を20分ちょいで編集したものなんですが、負けてしまいます。とにかくかわいいです。

だから結構繰り返し見てしまうのですが、あきないですね。このDVDを見ているときの私の顔が情けない。だらーっとしまくってます。自分で気がついてしまうぐらいに。

子供はみんなかわいいです。でも、自分に子供がいないからってのもあるんですが、血を意識してしまっているのでしょうか?姪っ子は特にダメですね。

これを見せられると「またなんかしてあげたいな」と思ってしまうわけです。そうやって、まんまと妹夫妻の罠にはまっていくのです。悔しいですが。

いろいろと思うところはありますが、彼女に何かをしてあげるためにも頑張らなければいけませんね。いつか酒を飲みながら話しをしたいものです。それまであと17年。この17年間で私も埋もれてしまわないように頑張っていきたいと思います。