2011年1月12日水曜日

飲み続き

今日から3日間飲みます。

今日と明後日は自分でいれたので楽しみですが、明日は無理矢理ねじ込まれた感じで気が重いです。ま、この話しはまたします。

最近は身体がついてこなくて。。。今日はそんな話しをしようと思います。

以前は毎日飲んでいても、全く平気だったんです。でも今は…。だから、40〜60くらいの方でバリバリとアフター5を楽しんでいる方を見るとショックを受けることがあります。

すごいバイタリティーですよね。これだから日本は戦後に奇跡的な回復をできたのか?と考えることもあります。

でも、きっと同じではダメです。それを目指すとそれ以上は出来ない。

だから、僕らの世代は自分達なりの何かを見つけなければいけない。僕らの世代にしか出来ない何かを。

2011年1月11日火曜日

3連休

とともにブログも休んでみました。

そんな計画的なものでもないんです。本当は、だいぶ飲みすぎました。久々に会って飲むと、後がなくなってしまいまして。。。大人げないですね。

ま、それはそれとして、この3連休でこれからのことを考えてみました。

やっぱりいろいろと大変ですね。あらためて、かなりの覚悟をしたもんだと思いました。冷静に考えてみると、その覚悟により、あきらめなければいけないこと。質的にも量的にもたくさんありました。

今更ながらなんですが、不安に襲われることもままあります。引き返したいな、引き返したらどうなるかなと考えることも。これだけ周りに啖呵きっておきながら、「やっぱやめた」と言いたいなと。

想像します。おそらく両親や僕をよく知る友人は、叱咤しながらも最終的には許してくれるでしょう。そして、普通に幸せな人生を過ごすこともできるでしょう。それでいいような気もします。いや、それがいいような気もします。

でも、僕自身が納得できるか。それは無理だと思います。

これまでの生活を続けるのは一方ではすごく望む生活ですが、夢を追いたいという気持ちは忘れられないでしょう。であれば、一回自分の力を思い知るしかないんですよね、きっと。

今は自分の力を過信しているのかもしれないし、逆に本当はもっとできるのかもしれない。可能性の問題です。それはすごい小さい可能性かもしれません。でも、一度それを追ってみたいなと思います。

いやいや。いろいろと考えてみましたが、僕が安住できる場所や気持ちや諸々。みんな捨てて、闘わなければいけません。不安でしょうがないですが、その不安を押し切ることができる何かを僕の中で育てていかなければいけません。

人生いつまでたっても勉強ですな。

2011年1月6日木曜日

正式表明

本日、正式に辞意を表明してきました。

直属の上司と話しをしている間、とても申し訳なく思いました。

上司は「あなたのためを考えると今が潮時だということはすごく理解できるから、僕は慰留はしない。でも、上に責められるんだろうなぁ」と言ってました。

そして、いろんな想定問答をしてもらい、「そういうときはこう答えます」みたいなことをやって、上司と僕の中で随分認識合わせをやりました。結局はなるようにしかならないわけですが。

それで、帰った後、その上司から「上に報告したよ」というメールをいただきました。彼の感覚でいうと、「上は無理やり慰留するつもりはないようです」とのことでしたが、「来週中には話しを聞きたいので、時間を作って欲しい」と言われたそうです。なぜだか夜限定なんですが。。。

夜ってことは、酒ありなわけで、つまり長くなってしまうんでしょう。終電越えなのかな。。。今はそれが憂鬱です。

が、とにもかくにも引き返せなくなりました。僕にとっては、非常に喜ばしいことです。とにかく、あと少し苦痛に耐えて、あきらめていただくよう頑張らねばと思います。

おかん

今日は飲んでいる最中におかんから電話がありました。

「ちょうどいい気分」って言いながら。。。僕の友達と話しをさせろとうるさく、「今日は友達はいない。上司ならいるよ」というと、「上司につないで」と言われ、上司につなぎました。

僕の上司はいい人なので、電話に出てくれて7分ぐらい話しをしてました。最後に僕にかわると、おかんは「ちゃんとこれまでお世話になりましたって言ったけん」と誇らしげに言っていました。不思議な人です。。。

14日に飲む3人。覚悟してください。おかんが話しをしたいそうです。一緒にいるときに電話しろと言われたので、そのときに電話しようと思います。

2011年1月4日火曜日

事務所開設

現職の事務所開設の立ち会いをしてきました。

だだっ広い執務スペースに次々とデスクやキャビネットなどが運びこまれ、事務所らしくなっていくのを見ていると、すごく悔しい気持ちになりました。

僕も早く事務所を借りられるようになりたいと思いました。

まだまだ先の話しではあるのでしょうが、そう遠くない将来、実現したいと思います。

焦らず目の前のことを一所懸命やって。

2011年1月3日月曜日

瀬田玉川神社

初詣です。1人で行ってきました。

二子玉川近辺だと一番人出が多いと聞いていましたが、3日目の夕方ともあればさすがに閑散としていました。

祈願したいことを考えながら歩いていったのですが、自分が頑張るということありきだなと。自分が精一杯頑張るので見守ってください。そういう思いしかないなと思いました。それで、結局「頑張ります」という誓いに似た祈願になりました。

それはそうと、神社の階段を登りながら、「あれ?似ているな」と思いました。母方の実家の近くにある神社と趣きが似ていました。神社っていうだけで似ているのかもしれませんが。

その母方の実家の近くにある神社ですが、僕が小さい頃はブランコもあったので格好の遊び場で、夏になると地中から出てきたセミをとってきて、羽化するのを夜通し観察したりしてました。懐かしい神社です。じいさんもいつも登っていて、昔気質の頑固な職人だったので、除夜の鐘が鳴り始めるとそこに参拝にいっていました。

そういうことを思い出しながら登っていったのですが、よく考えるとどちらの神社にも「瀬」という文字が入っています。それに、親父方の実家の住所も「瀬」が入っているんです。

偶然の一致なのでしょうが、人間なので何かしら運命的なものを感じました。「これでいいんだよ。あとはお前が頑張るだけだ」と言われたような気がしました。

基本的に無宗教なのですが、祖先の尊さは僕なりに感じているつもりで、それだけに安心感を得ました。

変な初詣の感想ですが、それなりに充実した気持ちになりました。

ちなみに、おみくじは引きませんでした。なんとなく今の自分の覚悟に水を注す気がしまして。

2011年1月2日日曜日

走り初め

久々に走りました。

実家は雪だったので、滑って走れる状態じゃなかったんです。

そうそう。新聞配達は大変でした。自分が滑ってしまうのはまだよいのですが、乗ってる車がツーッと滑る。運転しているおかんが急にしゃべらなくなって、隣で一点を見つめハンドル握りしめてるんで、こちらもツーッと冷や汗が。。。

ちなみに、1日の午前2時から見事に横転している四駆の車を発見しました。近くで大人2人が茫然と立ってました。「ごめん。新聞配らなきゃいけないから助けられない。」と心の中で叫びながらシラーッと通り過ぎました。。。1時間後、同じところを通ったらJAFが来てました。大変。

脇道にそれてしまいましたが、とにかく走れる状態ではなく、せっかく持っていったランニングシューズもただのお荷物となってしまいました。

それで、今日東京に戻ってきて走ってみました。すごく調子が良く、およそ12Kmをずっと走り続けることができました。昨年の11月から初めてですね。ん~、ちょっとは体力が戻ってきたかな。嬉しいです。

少しわかった気がしました。というのは、途中すごく苦しくなって歩きたくなるんですが、それを我慢して「あと500m」とか思い走り続けると、苦しくなくなるんです。いわゆるランナーズハイとは違う気がしますが、「もうちょっとの頑張り」が大事なんだなと感じました。

やっている間は「この苦しみがいつまで続くかわからないし、断念したい」と思うのですが、実はもう少しでその頑張りが報われるのかもしれません。

苦しい間はある意味、孤独との闘いです。だから別の意味で辛くもあるのですが、ひょっとするともう少しなのかもしれません。もちろん、そんな保証なんて何にも無いわけで、実はずーっと苦しいのかもしれませんが。苦笑

ただ、そんな簡単にあきらめることはしたくないなと思いました。これから、そういう孤独との闘いが続くのかもしれません。そのたびに、これを思い出して「あとちょっと。あとちょっと。」と自分を鼓舞していきたいと思いました。