2011年5月7日土曜日

仮説

乱暴な区分けで申し訳ないのですが、感情と理論でいうと、僕は理論で生きてます。完全に。

そもそも感情の分野は苦手です。勉強の話しでいっても国語でいうと評論文はできるけど、小説は全くできない。先生にも「おまえは人の心がわからないんだなぁ」とだいぶ言われました。。。で、もちろん音楽や美術などいわゆる芸術系は全くできなかったし、興味も持てませんでした。実際、それでも生きていけるし、あんまり困らずに36年間生きてきました。

一方で、ここ数か月ずっと「自分には何が足りないんだろう。欠落しているんだろう」と考えています。その歳でまだ自己分析中なの?って感じですが、まだまだ人として出来上がってないんですよね。苦笑

今年に入ってからこのテーマについてずっと考えていて、やっとひとつの仮説を立てることができました。それが「僕に欠落しているものは感情だ」という仮説です。

もちろん全く無いわけではありません。それなりに感動したりもするわけですし、ありがたみを感じたりもしますし、他人の気持ちも考えているつもりですし。でも、決定的に何かが足りないんだと思うんです。その決定的な何かがわからないので、これから探していこうと思うのです。そして、そのヒントにするために芸術に触れてみようと思ったわけです。

そういうわけで「生誕100年 岡本太郎展」を見てきました。

美術館なんて、これまで数回(おそらく5回ぐらい)しか行ったことがありませんし、しかもこれまではすべて連れて行かれてました。だから、今日ひとりで美術館に行ったのは、自分でもびっくりです。

これまでひとりでは踏み入れたことがない世界なので、とても恥ずかしかったです。周りは家族や恋人と一緒に来ているなか、僕だけひとりですし。。。でも、美術館の中に入って作品を見ていると、それなりに堪能できました。ありていに言えば、楽しかったです。まったくもって意味はわからないですが、何か感じるものがありました。思いつきで行ってみて良かったなと。

最後に、太郎のことばを持ち帰ってくださいというコーナーがあって、そこでもらったくじみたいなものに書いていた言葉を僕自身の備忘のためにも引用します。作品を見てみて、彼らしいことばだなと思います。


いのちを賭けて運命と対決するのだ。
その時、切実にぶつかるのは己自身だ。
己が最大の味方であり、また敵なのである。
                     TARO

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