昨年末にこれになってしまいました。
タイミングが悪いというか、大晦日に病院にいくはめになってしまい、しかも保険証を持って帰ってなかったので、全額払いでした。。。
大晦日ってこともあって耳鼻科医も適当でしたね~。「外耳部分が腫れてて中まで見えないけど、多分鼓膜までいってないと思うよ」とか、「3日ぐらい経っても改善しなかったら、ちゃんとした耳鼻科に行ってね」って。。。
ま、仕方ないですよね。僕も彼の立場だったら「大晦日にくるなよ!」って思っちゃうもんなぁ。だから、診てもらえただけで感謝でした。
すでにほとんど治ったのですが、年末年始は本当に不便でした。なにしろ左耳はほとんど聞こえなかったので。親戚など集まって話したりすると、左側にいた方の話しは聞きにくく、何度も聞きなおしたりしてました。
まだ多少聞きにくくはあるのですが、おかげで健康の大切さを再認識しました。五体満足って、すごいことなんですよね、あらためてですが。
いま元気であることに感謝して、身体を大切にしようと思います。
2012年1月23日月曜日
ちょうど1年前
八丈島で1人合宿を始めました。
じっくりと計画を練るための1人合宿でした。大した成果も無く、今思うと、この1年間を凝縮したような合宿でした。つまり、ああでも無いこうでも無いと悩み続け、煮詰まってしまった日々ということです。
1年経った今、外形的に見るとほとんど変わりがありません。1つも成果物が無いのですから。
この前進していないということに関して悩むとまではいきませんが、自分の中でも憤りというか焦りというか、そういういきどころの無いものとの葛藤がありました。そのせいもあるんだと思うのですが、3か月ほど眠れない日々が続きました。
しかし、幸運なことに「少しではあるけれど前進している」ということを自分で確認できる機会に遭遇することができました。
それは、融資の話しをいただいたことでした。もちろん、身内からの身内可愛さがゆえの融資話しです。
結論から言うとお断りしました。正確に言えば、現時点での融資についてはお断りしました。
おそらく1年前、いや半年前であっても、この話しをいただいたら喜んでお願いしていたと思います。とにかく動くためにはお金がないといけないと思っていましたから。
融資の話しを受けたときに、いろいろな角度から話しをして、その間僕も比較的冷静に考えていたと思うのですが、その結果として「現時点での融資は不要」と決断しました。
そして、あとになって思ったのですが、この決断こそが「少しではあるけれど前進している」ということを確認できた根拠なのです。上手くは表現できないんですが。。。
とにかく、1つ悩みが減りました。これまでも様々に悩み、それを減らしていくという作業を繰り返してきましたが、今回は自分の中では結構大きい出来事でした。すっきりしました。
また前に進めます!
じっくりと計画を練るための1人合宿でした。大した成果も無く、今思うと、この1年間を凝縮したような合宿でした。つまり、ああでも無いこうでも無いと悩み続け、煮詰まってしまった日々ということです。
1年経った今、外形的に見るとほとんど変わりがありません。1つも成果物が無いのですから。
この前進していないということに関して悩むとまではいきませんが、自分の中でも憤りというか焦りというか、そういういきどころの無いものとの葛藤がありました。そのせいもあるんだと思うのですが、3か月ほど眠れない日々が続きました。
しかし、幸運なことに「少しではあるけれど前進している」ということを自分で確認できる機会に遭遇することができました。
それは、融資の話しをいただいたことでした。もちろん、身内からの身内可愛さがゆえの融資話しです。
結論から言うとお断りしました。正確に言えば、現時点での融資についてはお断りしました。
おそらく1年前、いや半年前であっても、この話しをいただいたら喜んでお願いしていたと思います。とにかく動くためにはお金がないといけないと思っていましたから。
融資の話しを受けたときに、いろいろな角度から話しをして、その間僕も比較的冷静に考えていたと思うのですが、その結果として「現時点での融資は不要」と決断しました。
そして、あとになって思ったのですが、この決断こそが「少しではあるけれど前進している」ということを確認できた根拠なのです。上手くは表現できないんですが。。。
とにかく、1つ悩みが減りました。これまでも様々に悩み、それを減らしていくという作業を繰り返してきましたが、今回は自分の中では結構大きい出来事でした。すっきりしました。
また前に進めます!
2011年12月18日日曜日
そら
実家にいるラブラドール・レトリバーの名前です。
本日夕方に永眠したそうです。
実際の年齢はわかりません。かなりあやふやな僕の記憶に頼れば僕が25ぐらいのときには実家にいた気がするので、12歳以上だと思います。それなりに長生きしてもらったのではないかなと思います。
僕はずっと離れて暮らしていることもあり、彼には当初「よそ者」と思われていたように思います。そのうちに家族だとは理解してもらった気がしますが、彼の中では唯一自分より下の身分だと思われてました。結局、最後までそのように思われていた気がするのですが。。。
もともと妹が欲していました。でも、ほどなく妹が結婚して実家を出て行き、そのあとは消極的であった母がずっと面倒をみていました。
不思議なもので、そのうち母が一番かわいがるようになり、どこに行くにも車に乗せてまわってました。おかげで迎えに来てくれた車の助手席に乗ると、犬の毛まみれになっていました。そのくらい可愛がっていたので、おそらく母は肩を落としているだろうなと。
ま、それはそれとして、という感じなのですが、やはり生き物が死んでしまうということは悲しいことだなと。年に数回しか会わないというのもあるんですが、僕なんかは、おそらく家族の中で一番思い入れがないんだと思います。それでもやはり亡くなったと聞くと、寂しいものです。
彼にとって、おそらくいい家族だったと思います。母も父も妹も、妹のだんなも姪っ子もみんな優しく接していましたから。
ご冥福を祈るとともに、ありがとうという言葉を贈りたいと思います。
そら、これまでありがとう。
本日夕方に永眠したそうです。
実際の年齢はわかりません。かなりあやふやな僕の記憶に頼れば僕が25ぐらいのときには実家にいた気がするので、12歳以上だと思います。それなりに長生きしてもらったのではないかなと思います。
僕はずっと離れて暮らしていることもあり、彼には当初「よそ者」と思われていたように思います。そのうちに家族だとは理解してもらった気がしますが、彼の中では唯一自分より下の身分だと思われてました。結局、最後までそのように思われていた気がするのですが。。。
もともと妹が欲していました。でも、ほどなく妹が結婚して実家を出て行き、そのあとは消極的であった母がずっと面倒をみていました。
不思議なもので、そのうち母が一番かわいがるようになり、どこに行くにも車に乗せてまわってました。おかげで迎えに来てくれた車の助手席に乗ると、犬の毛まみれになっていました。そのくらい可愛がっていたので、おそらく母は肩を落としているだろうなと。
ま、それはそれとして、という感じなのですが、やはり生き物が死んでしまうということは悲しいことだなと。年に数回しか会わないというのもあるんですが、僕なんかは、おそらく家族の中で一番思い入れがないんだと思います。それでもやはり亡くなったと聞くと、寂しいものです。
彼にとって、おそらくいい家族だったと思います。母も父も妹も、妹のだんなも姪っ子もみんな優しく接していましたから。
ご冥福を祈るとともに、ありがとうという言葉を贈りたいと思います。
そら、これまでありがとう。
2011年12月7日水曜日
ビジネス書
久々にビジネス書みたいなものを読みました。
正直言って、一方的な内容だなと思いました。でも、僕がこれまで考えてきた視点ではない視点からのアプローチだったので、新鮮でした。
結果、考えていることに大差は無いなと思いました。
マネジメント寄りの本で、社長目線からのものだったのですが、僕のようにほぼ一般社員みたいなものからの目線とほぼ同じようなことを書いていました。結局、組織を維持するという意味では同じようなことに考え至るのだと思いました。
ただ、これが真実だと仮定すると、やっぱり組織というものは組織の長以上になることはないんですね。これはこれで問題があるような気がするのです。そんなに素晴らしい長って、そうそういないですからね。
今はこれが課題です。組織をその長以上のものにするためにはどういう手段・方法があるのか。
これを解決しないことには行く末が恐ろしい気がするんですよね。
2011年11月18日金曜日
ヒト
経営の三要素として、「ヒト、モノ、カネ」と言われます。
ずっと言われ続けていることだと思うので、これらが基本であることは間違いないのでしょう。特にヒトについては、サラリーマン時代には痛切に感じ続けてきました。
でもまぁ、難しいですよね。ヒトを大事にすることって。正解はないですし、どうしても妥協点を見つけなきゃいけなくなる。
でも、今現在感じていることを少し書き残しておこうかなと思います。
自分を上手にコントロールする必要はありますが、面倒くさい人って必要ですよね。ただ面倒な人じゃなく、道理がかなっていて面倒な人です。向かっている先は同じなんだけど、その方法が違う人。
自分では考えないような観点から物事を捉えている人って、すごく貴重だと思うんです。でも、そういう人って面倒くさく感じるんです。だから自分を上手にコントロールできなきゃいけない。
それが難しいんですよね。どうしても、人って我がままで、独りよがりなんで。
2011年11月13日日曜日
あざーっす!
手助けをしていただいている公認会計士の方に昨日来ていただきました。
ちょっとずつ変化していっている事業プランですが、現時点でのサービス内容などを思いつくままに説明しました。一応、想定PLなども作っているので、その説明なども。
「いいよ!」「いけるよ!」とすごく肯定していただきました。無茶苦茶嬉しかったです。
正直言って、ここ数か月は行ったり来たりなんです。「よし、これでいける!」って思ったり、「いや、なんか足りない。まだダメだ」って思ったり。
敢えていえば、ここ数か月間でその間隔が空いてきたかなと。つまり、昔は「いける」「まだダメ」の間隔が1日の間に何回も訪れていたんですが、ここのところ「まだダメ」と思うときが2週間に1回ぐらいになってきた感じです。
この「まだダメ」という思いを完全に打ち消したいというのが、最近のテーマなんです。これを完全に打ち消すことによって、自分自身がこの事業を完全に信じることができるようにならなければ前に進めないと。ちょっとでも疑いの気持ちがあると、絶対止まってしまうと思うんです。
だから嬉しかったです。肯定してもらって、励ましてもらって。「お前が考えていることが正しい。お世辞じゃなく、よく練られたサービスだと思うし、間違ってない」と言ってもらえました。
だいぶ背中を押してもらいました。前に進めそうです。いや、進みます!
2011年11月9日水曜日
答えあわせ
前回のブログで画像と動画を貼ってましたが、そのお話しです。
本当は次の日に書こうと思っていたのですが、すっかり忘れていました。コメントしてくれたMotti、ありがとう。
先週の土曜日に結婚式にお呼ばれして山中湖に行ってきました。そのときのものなんですけど、僕は新郎側の親せき(かなり遠い親戚なんで僕はよく知らないのです。。。)で、その方は山中湖出身の方なのですが、新婦が沖縄の方ということでした。
ということで、三線などで沖縄民謡をやってました。おそらく20分近くやっていたのではないでしょうか。途中で獅子舞(シーサー?)が出てきて会場中を練り歩いてました。子供たちは逃げ出し、中にはトイレまで行って隠れた子供も。なかなか面白かったです。
演奏している方は大阪で沖縄の店をやっているらしく、そこで毎日演奏しているということでした。さすがに上手でした。プロではないのかもしれませんが、やはりその辺の素人がやるよりは盛り上げ方が格段に上手でした。
ちなみに、4人で演奏してて、その中にちっちゃな子供がいるんですが、その子のやる気のなさそうな顔や態度が素敵で、爆笑してました。
全然違う地域の人の結婚式だったので、よりそう思ったわけですが、結婚の意義みたいなものを実感しますね。普通でもそうなんですが、違う家庭で育った2人が新たに家庭を持つわけで、文化のダイナミックな交流というか、そういうものを感じました。
ま、ある意味、これだけ文化に差があることを見せられると、これからのことが覚悟できるのかもしれませんね。僕も一度結婚した身なんで、生活の中で一々違う部分が出てきて争いになることは経験しました。そういう違う部分というのをこんな形で見られるのはいいのかもしれません。
それにしても、結婚式って、いいもんですね。みんな笑ってるから元気になれます。今回もプラスのパワーをもらいました。
新郎新婦には、末永く幸せに過ごしてほしいです。
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