2011年5月29日日曜日

きっと考えすぎ

傾向としては良くない傾向なんですよね。。。

僕が病気になった原因は自分ではわかっていて、離婚調停中に後をつけられているような強迫観念を持ち続けていたせいなんです。それが高じて、あるとき暴発してしまったんです。そして、僕の場合はそれが狭所や区切られた空間でのパニックという形になったというだけの話しです。

だから、「見張られている」という感覚をもってしまうと悪い方向に向かうわけです。

この「見張られている」という感覚を、最近またもってしまいそうになっています。考えすぎなのはわかっているんです。別に僕に対してそんなに興味を持つ人はいないってこともわかってます。

でも、ここ最近の出来事を見ていると勝手に僕の頭の中でつながってしまうわけです。いろいろなことがつながって、結果「見張られている」という感覚をもってしまいます。

あんまり考えないでいいように、別のことに集中するようにしたり、夜は早めに寝るようにしたりと一応自己防衛策をとっているつもりですけど。でも、瞬間的にまずいと思うときがあるんですよね。このときはどうしようもない。今はまだ我慢できてるのでよいのですが。

ん~、初めての感覚ですが、早く病院に行きたいです。そして、今感じていることを話しして、対処法があるのであればそれを聞きたいです。再来週に予約があるので、それまでは待ちますかね。

2011年5月26日木曜日

正しく導く

最近、原発問題で過去の情報がちょっとずつ出てきています。

そのたびに、政治家や政府高官は「国民の混乱を避けるためタイムリーには出さなかった」と唱えています。

正直、「バカにしてるわけ?」って思っていました。まぁ、バカにしているんでしょうけど。苦笑

これって、別に国だけではなく会社でもそうです。上層部などは正しい情報を隠すわけです。正確に言うと、都合の悪い情報や、たとえ正しい情報だとしてもその前提条件でマイナスがあった場合、それを隠すわけです。

いつも思うのですが、これってどうなんでしょう?国でいうと国民であり、会社でいうと従業員ということになりますが、我々は上層部の方々が思っているほどバカではありません。

ひょっとすると、全員が教育を受けているわけではなかった昔の世の中では、そのやり方が通用したのかもしれません。でも、今はほぼ全員が教育を受けています。少なからず考える訓練を受けているわけで、変な操作をすると矛盾がわかるのです。

そういうことを理解したうえで運営した方がよいと思います。

で、一方で思うのです。昔働いていた法律事務所で弁護士が言っていたのですが、「自分に自信がない人ほど荷物が多い」「不安だから要らない書類も持ってまわる」と。

これと同じことかなと思いました。つまり、自分に自信がないから他人より情報を持っているという安心感に浸っているのかなと。

自分に自信があるのであれば、情報を開示したうえで、「だからこうしましょう」と言えるんだと思うんです。だから、こういうふうにある意味での情報操作をする人は自分の能力の無さを露呈しているんだと思います。

もちろん、一部の人だけで握っておいた方がよい情報もあります。たとえば防衛情報とか個人情報とか。でも、そんな情報ってほとんどないと思います。

僕はもし会社がうまく回るようになったときに同じようなことをしたくないなと思います。

2011年5月23日月曜日

Hospitality

日本語でいうと、「もてなし」でしょうか?ちょっと違うな。

今日はそんな話しです。最近がっかりすることが多いので、自分が同じようなことをしないためにも書き残したいなと思いました。

さて、最近のがっかりすることですが、すべては休職中である僕に対する会社からの連絡です。

もちろん僕が快く感じていないというのも前提にありますし、それがあるから僕が重箱の隅を突っついているだけかもしれません。だから全然鵜呑みにしないでいいのですが、少なくとも僕はがっかりしてしまってます。

たとえば、「本当はこんなこと教える必要ないけど、知りたいなら教えてあげる」みたいなメール。送付書もつけずに送ってくる書類、立替金の送金を促す書留郵便などです。

あと本当に残念だったのが、わからないことを質問したその回答で「何を想定されていらっしゃるのでしょうか?」と。

何か悪いことでも書いてしまったかな?と考え、メールを読み直してしまいました。そんな内容では無い気がするのです。客観的に見ることはもちろん出来ないのでなんとも言えませんが。

でも、会社側は一応僕のことを病気だと認識しているはずで、病気の人に対しての対応ではない気がします。少なくとも僕はその回答を見てへこんでしまったわけですし。

僕はまだ軽い方なのでいいのですが、他の本当に症状が重い方にこういう対応をしていると病気も悪化してしまうのではないかと心配になります。

ホスピタリティはひとつひとつに現れてしまうと思うのです。本当に心のある対応をしていればそれは絶対に人に伝わると僕は信じています。でも、上に書いているような対応には「心」を感じることができませんでした。

これを反面教師として、僕はひとつひとつの行いや言葉に「心」を感じてもらえるようなことをしていきたいなと思いました。

ひとつひとつ。その積み重ねが大きな信用を得ることになると思います。

人は人を頼ってしか生きていけません。だからこそ、「心」を届けていかなければいけないんだと思います。

2011年5月19日木曜日

真摯に

真摯に取り組むということを忘れていたのかもしれません。

本当は努力することだけが取り柄だったんですよ、中学の頃から。努力することでなんとかついていって、自分の誇りを保っていた。そんな人間だったんです。何をやっても平凡だったので。

それを忘れていました。努力しないとついていけないってことを。つい最近、同じようなことをブログに書きましたね。あれからずっとその思いが廻っている気がします。

高校までって、自分で動かなくとも周りが世話をしてくれて、次やるべきことを教えてくれるところです。でも、大学以降は自分で動かないといけません。自分がやるべきことは自分で探さないといけません。

そこで僕は自分で動きませんでした。だから同時に努力もしなくなりました。

今考えると、その時点から真摯に取り組むということを忘れていたのかもしれません。

まだ遅くはないはず、しっかりと自分のやりたい方向があるのだから努力していかねばなりませんね。

2011年5月18日水曜日

少しずつ

動いていく。最初は目に見えないぐらいかもしれないけど、そのうち大きく動き出す。

すべてそうなのかもしれません。ある事象には何かしらの理由なりきっかけがあって、ある意味必然的にその事象は起こっている。

だから、今身の回りに起こっていることは本当はずっと前からそうなる理由があったのかもしれません。僕には突然に思えるわけですが、気がつくのがすごく遅くなってしまっただけなのかもしれません。

ただ、それに気がついた今、やはり考えなければいけません。気がついたということは大きく動き出しているんだと思います。大きく動き出してからは結構早いものです。だからきちんと考えなければいけないです。

そうは言っても、僕自身も動き出しているのでそのことを前提として考えることになります。その中でプライオリティをつけて一つずつこなしていくということになるんでしょう。

先延ばしにしてきた課題ではありますが、来るときは来るってことですね。

2011年5月16日月曜日

二度目

病院に行ってきました。

病院に向かっている間は本当に憂鬱なんです。もちろん病院に着いてからも嫌なんですが、着いたらあきらめもつくわけです。だから向かっている最中が一番嫌いです。

で、また今回も同じようなことを聞かれました。同じような質問に同じように答えて。これって何か意味あるのかなと不思議に思いますが、恐らく現状を話しをしながら自分で答えをみつけていくんだなと考えることにしました。

自分のことは自分が一番よくわかるわけですし、医師は客観的に意見をしてくれればいいわけですから。そう考えると気が楽になります。

さて。これからも会社を休職している間は何度か行かなければいけないので、そういう方向で考えて気を楽にしようと思います。割り切って。

2011年5月15日日曜日

シエスタ

ひとりでやってると、シエスタを導入できる。

これは嬉しいです。それに、少なくとも僕にとってはすごくプラスに働いていると思います。

まず第一に、早起きしようという気になれます。とはいっても8時ぐらいを目安にしているのですが。

次に、早起きすると初動も早くなります。結果、「最低限でもこれはやらねば」と思っていたことを午前中に済ませることができます。

午前中に済ませることが出来るって、かなりの安心感につながるんです。「今日はすでにやった。だから、これからやることはすべてプラスアルファだ」って感じで。

さらに、いつでも寝られるので集中力の無駄遣いをしなくていいんです。自分が集中できるときは集中するけど、無理はしない。結局無理して頑張っても、いい考えは浮かばないし、堂々巡りしているだけだったりしますからね。効率的ではないんですよね。

少なくとも会社に行っているときの僕はそんな感じでした。自分の中での波が来ないと仕事がはかどらない感じです。だから人の都合でセッティングされるミーティングとかは・・・。というか、これは別の理由で嫌いなのかもしれません。つまり、ミーティングとティータイムの違いがわからないということで。笑

少し脱線してしまいましたが、シエスタは本当によいと思います。だから、これを日本に広めたいなと思うのです。

でも、難しいですね。日本は「時間売り」の文化ですからね。少なくとも日本では、たいていの人や会社は成果ではなく、時間を売ることに慣れています。

雇用では労働力と引き換えに賃金をもらうわけですが、その労働力はたいていの場合「時間」なわけです。10数年前から成果主義とか言っていますが、僕が思うに結局は時間主義なわけです。

本当の成果主義にするためには公平な成果を検討しなければいけません。それを真剣に検討している人や会社なんてそんなに存在しないわけで、もちろん真剣にやらない環境で公平な成果を創造するスキルなんて上がるはずもありません。

というわけで、結局「時間」で考えることが一番楽なんです。そして、その楽を採用しているんです。

もし、本当の成果主義をとることができるようになれば、シエスタも導入できるんだと思います。是非、そういう世の中にならないかなぁと思います。

普及するために頑張ろ。笑